ASIANA CUP

第10回クムホ・アシアナ杯日本語エッセイ部門受賞作品

第10回クムホ・アシアナ杯「話してみよう韓国語」高校生大会、日本語エッセイ部門の受賞作品を掲載しています。

最優秀賞

今日の終わり
中央大学杉並高等学校(東京)1年 千葉 萌々香

 夕焼けを見て、私は何を思うだろうか。一日が終わる悲しさと、明日が始まるという嬉しさと、吸い込まれそうな空の朱。それは毎日同じということは絶対になくて、朝を迎えるごとに私の気持ちは変わり、私は変化していく。だけど毎日変わらないことだってある。物悲しかったりどことなく悲しかったりという寂しい気持ちだ。
 寂しいという言葉は、日本語と韓国語にしかないという。誰々がいなくて悲しいという言葉はあるけれど、寂しいというそれをダイレクトで表す言葉はないそうだ。夕焼けを見ると、寂しくなる。誰がいないわけでもないのに、悲しいわけでもないのに、さみしくなる。これは、日本語や韓国語でなきゃ表せないだろう。寂しい。외로워요。
 日本人の「寂しい」は、人に聞かせるためにあると思う。本当は思ったことや感情だから、あまり表に出すものではない。感情をすべて表に出せば、それは自制の効かない子供と同じだからだ。でも、人は「寂しい」を「会いたい」の代わりに使う。誰かに寂しいと言えば、それはあなたに会いたいという意味に取られ、口寂しいと言えば、何かが食べたいという意味に取られる。「月が綺麗ですね」と言うと「あなたが好きです」という意味になる。夏目漱石の言葉だが、これは日本人らしさを凝縮したような表し方だ。夕焼けを見て、寂しいと思うのはもしかしたら私だけかもしれないなんて考えを巡らしていくうちにまた寂しくなるのも、日本人を体現しているような気がする。
 では韓国はどうだろう。中国ほどガツガツしているイメージはないし、かと言って日本ほど神経質なイメージでもない。二つの国のちょうど間にある国は、私たち日本とは全く別の国であるにもかかわらず、寂しいという言葉や気持ちでは通じ合えるのだ。韓国には、恥をかくという文化がないとも言う。恥はかくもの︎ではなくかかされるものだと考えるそうだ。これも日本と韓国の大きな違いだろう。日本人は自分の恥を嫌う。嫌われることや、間違えること、他人に迷惑をかけることを嫌う。
 自分が好きなのだ。自分がこうあるべきという信念もないのに、自分が壊されることを嫌がるのだ。そう考えると自分を持っている韓国人は、ある意味清々しい。無い自分を考えるだけの日本人とは違うと思う。寂しいと외로워요はやっぱり違うのだろう。人種も考え方も違うのだから。でも寂しいと思う気持ちは同じだ。
 夕焼けを見て、私は何を思うだろうか。朝日を見て、私は何を思うだろうか。一日が終わる、一日が始まる。今日も頑張った、今日も頑張ろう。会いたい。寂しい。そんなふうに思う気持ちは変わらないのだろうか。恥をかいても、恥をかかされても、無い自分が壊されても、毎日毎日夕焼けを見て自分を好きでいられたらいい。寂しい気持ちを持っているのは自分だけじゃないから、と自分を鼓舞していけたらいい。
 今日の夕焼けはどうだろうか。

優秀賞

背中を押してくれた曲
熊本県立御船高等学校2年 倉岡 祐里亜

 私は今高校2年生だ。もう自分の進路先を考えておかなければいけない時。そんな中、私はウェディングプランナーという夢を持った。関西にある学校に通いたい。今自分が住んでいる熊本からは遠いが、とても行きたい学校だ。父に進路についての考えを打ち明けてみた。しかし猛反対されてしまった。「でけん!娘を一人で行かせるなんて、熊本に残れ!」と声を荒立てて言われた。女の子であり、一人っ子でもあったため心配をしたのだろう。私の中で行きたい気持ちと、父から反対され諦めようとする気持ちが葛藤していた。
 数日後の下校途中のことだ。バス停で仲の良い友人が音楽を聴いていたので、「何ば聴いとっとね?」と尋ねた。友人はすぐに、「No More Dreamっていう曲で방탄소년단(バンタンソニョンダン)が歌ってるとよ。K-popで一番好きなグループだけん、聴いてみて!」と答えた。言われるがまま聴いてみると男性グループだった。力強く歌っているが、そこはK-pop、韓国語で歌っているので何を言っているのかわからない。だが歌には必ず何かメッセージが込められているはずである。この曲は何を伝えているのだろう。さっそく調べた。
 言いたいことがいえずになす術なく生きている人や周りの大人達から縛りつけられている人に対し、自分のやりたいようにやればいいと言っている歌のようだった。もっと詳しく知りたい。そう思い、和訳の歌詞を調べた。「おまえの夢は何?おまえの夢はたったそんなものなのか?」「おまえの道を行け、何でもやれ、弱気なんてしまっとけ!」その歌詞と今の自分を重ねた。父に反対されただけで諦めようとしていた自分。私の夢はそんなものだったのか?いや違う。本当になりたい!そう決めた夢。気持ちがあるなら自分の決めた道を進め、そうとらえた。さきほどまであった悩みが嘘のように消えた。帰ってから父にもう一度聞いてもらおう、そう決意した。
 帰宅後、父に自分の意思を伝えたがやはり反対された。しかし今度は引き下がろうとしなかった。「弱気なんてしまっとけ!」。私の背中を방탄소년단が押している。自分の考えを言い何度も伝え続けた。実際には数分間の戦いだったが、私にはとても長く感じられた。ついに決着がついた。父が関西の学校に行くことを許可してくれた。うれしい気持ちであふれかえる。そのとき父から言われた言葉がある。「頑張れよ。」一言だけだが、これから頑張れる気がした、勉強も将来のことも。
 私には伝えたいことがある。これから進路を決める方、どうか夢を諦めないでほしい。勉強が苦手だったり、両親に反対されたりすると悩むこともあるだろう。しかし、なりたい!そう思って決めた夢なのだから。そして私は感謝したい、私に諦めないことが大切だと教えてくれた방탄소년단に。


かわいいは最強!?
中央大学杉並高等学校1年 鈴木 萌

 食べ物を見て「かわいい」と感じることがどれくらいあるだろうか。思い出せる限りで言うと、私にはこれ以外頭に浮かぶものがない。昨年の秋、母に誘われて初めて韓国へ行った。日本に比べて気温が低いことは認識していたが、想像しているよりもはるかに寒かった。そして、そんな寒さの中、屋外で「アイスを食べたい」と思うとは考えてもみなかった。
 明洞の街は、まるで原宿の竹下通りのようにお店がずらっと並びとても賑やかだった。夜遅くまで多くの人々が街を歩き、買い物や食事を楽しんでいる。ちょうどクリスマス前であったため、色とりどりのイルミネーションが飾り付けられて華やかな街並みを背景にして記念撮影をする人々もあちこちで見られた。夜が更けても人混みは続き、街は明るさを保っている。その様子を見て「まるでお祭りみたいだな」と思った。そう思ったもう一つの理由が屋台である。明洞には夕方になると屋台が立ち並ぶ。
 メインストリートを埋め尽くすほど多くの屋台とそこに集う人々、それは日本のお祭りによく似ていた。トッポッキなどの韓国料理からフライドポテトのようなスナック、そしてフルーツとたくさんの種類の屋台が立ち並び、辺りには購入したものを食べ歩く人であふれていた。この街にいる人で屋台の食べ物を一つでも食べていない人はいないのではないかと思うほどである。私達も何軒かの屋台をまわり、いくつかの韓国料理を楽しんだ。
 程よくお腹がいっぱいになった頃、行列を見つけた。それがこのアイスを売っている店だった。「この寒い中アイスなんて」と思ったが、近づいてみてようやくその理由がわかった。かわいいのである。アイスを手にした人はほぼ全員、アイスを片手に写真を撮っていた。SNSに載せるためだろう。結局、私達も「寒い、寒い」と言いながら行列の最後に並んだ。理由はただ一つ。かわいいから。そして、やっぱりアイスを片手に写真を撮ってしまった。驚いたことに、アイスは見た目がかわいいだけでなく、とても美味しかった。
 「日本にはかわいいものがたくさんある」と外国人旅行者がインタビューで答えている姿をテレビで見たことがある。改めて思い返してみると、日本の食べ物の中にも「かわいい」ものがあるかもしれない。単に私が「かわいいから」という理由で食べ物を買おうと思ったことがこれまでなかっただけだろう。「かわいい」の定義は人それぞれである。実際、私の「かわいい」は他人と少し違うらしい。でも、「かわいい」が嫌いな人はいないと思う。みんなそれぞれ自分の「かわいい」を持っている。あるドラマでヒロインが熱く語っていた。「かわいいは最強である」と。そう、たっぱり「귀여운 것이 최고」なのかもしれない。

審査委員特別賞

伝統酒の秘めた力
中央大学杉並高等学校1年 鈴木 大志郎

 僕が小学生の頃、河川敷でバーベキューをしていた時、カルピスジュースだと思って飲もうとコップを手にしたら、友達のお父さんから、「それは、韓国のマッコリというお酒だから。」と慌てて止められ、そこで、僕は初めて韓国のマッコリというお酒を知りました。その頃、日本は韓国ブームで主婦達は韓国ドラマに夢中になり、若い女性はKポップアイドルに夢中に熱を上げ、日本の韓国とも呼ばれている新大久保には、多くの女性達が集まり、韓国気分を味わったそうです。僕の母もその一人。僕は母がよく韓国ドラマを観ていたのを覚えています。その時、ドラマの中に本当によく出て来るシーンが、お茶碗の様な陶器の器に、なみなみ注がれた白濁したお酒のマッコリを、俳優があぐらをかきながら飲むシーンです。韓国では日常的であり、とても美味しそうに飲むのです。
 マッコリ(막걸리)とは、朝鮮半島の大衆向けの伝統醸造酒の一つで、米を主原料とするアルコール発酵飲料です。日本でも、同じく米を主原料とし、三段仕込みと割水を経て作る日本酒や、にごり酒があります。タンパク質やビタミン類に富み、乳酸発酵により雑菌の繁殖が抑えられる点は日本酒と同じであるけれど、麹により糖化された米の強い甘みがあり、一般には乳酸菌飲料のような微かな酸味と炭酸発砲の味がより顕著であるのがマッコリなのです。今や、瓶や缶入りもあるけれど、本来は、大きな陶器の器に入れたマッコリは、ヒョウタンを割って作ったパガジという、大きな日本のレンゲに似たスプーンですくって、お茶碗の様な陶器の器に注いで、豪快に飲むのです。
 またある時は、冷蔵庫を開けるとクリームの容器が目につき、何だろうと思い見てみると、容器に「マッコリクリーム」とあり、母が寝る前に顔に塗っているところを見ました。マッコリには美白や美容効果もあると言われているのです。マッコリ職人さんの手は透き通る様にきれいだと言われていて、韓国の女性の肌は、年齢を経てもきれいだと母は言っていました。母を見ていて、正直効果は僕には分かりませんが、母は気に入っていて、韓国から取り寄せて使うぐらいの気に入り様です。
 またマッコリには、癌の発生を抑制する成分の「スクアレン」が多く含まれていて、「ファルネソール」という成分に抗癌作用があることが解ったそうです。まさにマッコリの底力を知りました。僕はまだ十六歳なので、お酒は飲めませんが、二十歳になったら是非マッコリを飲んでみたいです。どんな味がするのだろう。美味しいと思う気持ちは、人を和ませ、笑顔を作り、韓国、そして、どんな国の国境も超えて、心と心を繋ぐ架け橋になると僕は思います。僕はまだ韓国に行ったことがありません。いつか韓国に行って、本場のマッコリを韓国で出会った人達と一緒に、陽気に飲んでみたいです。


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